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バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

バックパッカーの旅Ⅰ(東京~アテネ)

チェンマイの日本式トルコ

               ≪九月二日≫      ―燦―



  午後二時、目が覚める。


 良く眠れたようだ。


 近くにある銀行に出向く。


 昼間ともなると、陽ざしが強く暑い。


 通りは人で賑わい、汚いお堀の中は裸になった子供達が水遊びをして

いる。


 底が見えないような川に潜って遊んでいるのが見える。


 魚をとっているのかも知れない。



  お堀を渡ると、”Ta Pae Road”に出て、泰BANKに入る。


 T・C(トラベラーズチェック)、10US$紙幣を二枚、タイバーツに両

替をする。


 大金だ。


 銀行の入り口には、銃を持った警備員が一人立っていて、なんとも異

様な雰囲気ではある。


 ここでは当たり前のことなんだろうけど。



  どうも腹の調子が悪い。


 ベッドには変な虫がいるのか、あっちこっち噛まれた跡が赤くなって

いる。


 日本から持ってきた、テルペラン錠を一粒胃の中におさめる。



                   *



  銀行を出ると、チェンマイの街を散策する事にした。


 重いバックパックを背中に背負わなくて済むという事が、こんなにも

楽しい事かとウキウキした気持ちで、チェンマイの街を歩き回る。


 古い寺院があっちこっちに点在し、お坊さんやら学生が至るとこで目

にする。


 俺も街の中に、いつの間にか溶け込んでしまっている。



  ”Nawarat Bridgi”を渡り、”Charoen Muang Road”へでる

と、少し街の中心地から離れたようで、緑の木々が多くなり、道路も舗装さ

れてなく埃っぽくなってきた。


 この道はバンコックから入ってきた道だ。


 かなり歩いた。


 街外れに、レールウエイ・ステーション、チェンマイ駅がある。



  鉄道はここが終着駅であり、始発駅でもある。


 タイ鉄道最北端の駅なのだ。


 一日何便でているのか解らないけれど、ひっそりしていて人影はまば

らだ。


 しかし、近代的できれいな駅である。



  駅前には緑も多く、中央には機関車が二、三両展示されている

のが見える。


 この他チェンマイには、チェンマイ・インターナショナル・エアーポ

ートが街の南西部にあるらしい。


 チェンマイを訪れるには、この三つの経路を取るのであるが、やはり

メインはバスだろうか。


 時間はかかるが、あの大きなバスと、優しいバスガイドに勝てるもの

ではないだろう。


 俺はいっぺんにファンになってしまった。



  陽射しはきついが、木陰に入ると涼しい。


 そんな感じの日中である。


 駅前にある屋台で食事を取る。


 雑炊のような食べ物で、これがなかなか美味いときている。


 雑炊一杯、18バーツ(270円也)。



  歩き疲れたので、帰りはサムロ(日本のダイハツ・ミゼットに

幌を被せた乗り物)に乗ることにした。


 チェンマイの乗り物では、輪タクが3バーツ(旅行者は5バーツ)、サ

ムロとライトバン式の乗合バスが2バーツ(旅行者は3バーツ)、大きなバス

が75サタン(0.75バーツ)だ。


 乗る前に必ず値段の交渉をしておいたほうが良い。



  二人で旅行する場合は、必ず一人が一台止めて、別々に交渉

し、安いほうに乗るという方法で、牽制しないと地元の人と同じ料金で乗れ

ないことになる。


これも旅行者の知恵とでも言っておこう。


 
                 *



  ゲスト・ハウスに戻り、また眠ってしまっていた。


 良く眠るもんだ。



  次に目を覚ました時はもう、夕闇が迫ろうとしていた。


 ハウスの中庭には、ハンモックのような、リクライニングのイスが数

台置かれていて、俺はそれに寝っころがり、楽珍な姿勢でハウスの若い女性

達が、甲斐甲斐しく働く姿を目で追っていた。



  のっびりとした気分を味わって、夕食を取りに外へ出る。


 M、M、Roadを南に下り、交差点を少し過ぎた所に食堂がある。


 道路に面したところは、全て戸が外れるようになっていて、開放的な

店である。


 大きなテーブルが二十台以上も並べられている大きな食堂で、旅行者

の多い店で繁盛している。



  ここも、男達が料理を作って、若い女達六、七名がウエイトレ

スをまかされている。


 皆、住み込みで働いていて、一年に1回休みが取れたら良い方だとか

で、とにかく良く働かされている。


 田舎に残してきた家族が、彼女等の稼ぎで生活しているのである。



  いろんな脂っこい料理があるが、特に美味いのが生のジュー

ス。


 果物を日本製のジューサーでつぶすと、氷とシロップで味付けをす

る。


 取れたての果物をその日に出す。


 大ジョッキになみなみ注いで来る。


 日中の陽射しのきつい日には、このジュースがたまらなく乾いた喉を

潤してくれるのだ。


 パパイヤにマンゴ、そしてバナナなどその他、とにかく種類が多く、

食事の時には欠かせないデザートだ。



                 *



  食事をしていると、小さな男の子が英字新聞を小脇に抱えて、

毛唐たちの間を歩き回り、新聞を買ってくれと商売を始める。


 毛唐たちは、そんなものに興味を示さず、売れ行きはさっぱりらし

く、俺のテーブルにもやってきては、買ってくれと言う。



  こういう物売りに手を出すと、毎日買ってくれとせがんでくる

ので買わないようにしている。


 それでも少年は、明るく、諦める事なく、ほぼ全員に商談をして歩い

ていく。



  天井には大きな扇風機が軽い音をたてて回っている。


 今にも落ちてきそうな程大きい。


 夕闇が迫り、この食堂だけが昼間のように明るく賑わっているのだ。



  夕食を済ませると、M、M、Roadを北へのぼった。


 お堀伝いに北上して、P・K、ハウスを左に見て行くと、まもなく賑や

かな所にぶつかった。


 日本のように、暗くなると家に帰り、テレビを見て過ごすという事も

なく、チェンマイの人たちは長い夜を、お堀沿いにある屋台へと集まってく

るのだ。



  そこは、レストランでもあり、喫茶店でもあり、フルーツパー

ラーでもある。


 恋人同士が、仲間達が、屋外に並べられた小さなテーブルを囲み、思

い思いに長く蒸し暑い夜を、夜風に吹かれながら過ごすのが定番だ。



  その先には、昼間賑わう市場がひっそりとたたずんでいる。


 それから、さらに北上すると、右手にネオンを見つけた。


 お堀を渡った”Chaiya Poon Road”に面した建物で、英字とタイ文

字で・・・・なんと、”ATAMI”と書かれてあった。



  屋台で聞いた話では、あれは日本式トルコで、昔はマッサージ

だけだったのが、数年前日本の技術指導者たちがやって来て、今では日本式

トルコに変わってしまったという。


 その方が儲かるのだ。


 トルコはこの他に三軒ほどある。


 一つは、”O、K、”、そしてもうひとつは、”GINZA”と言う名前だそ

うな。



  とにかくここは日本か?と思うほど、ほとんどが日本名という

には驚かされる。


 車や日用品、電気製品ばかりと思っていたら、夜の商売まで日本式に

なっているなんて、良きにも悪しきにも日本はどんな所にも、進出してきて

いる。


 あっちこっちと歩き回り、PKハウスに戻ってくると、門が閉まってい

る。



    俺「えっ!もう閉まってるの?」



  小さなくぐり戸から中に入ると、それまで眠っていた犬達が、6

~7匹起き出して来て、俺の方へゆっくりと歩いてくるではないか。


 少々肝を冷やしたが、気にもとめず犬達の中を中央突破すると、なん

でもなかったように犬達はまた、地べたへ腹を乗せた。



    俺「気味の悪い犬やな。」


 タイの人たちは、飼い犬でも必要以上に食べ物を与えないらしい。


 一日一食らしいのだ。


 いつも空腹の状態にさせておくのが良いらしい。



  自分の部屋に戻る。


 ハウスの働き者”ティ”も、小さなじゃじゃ馬”リン”も、素敵な”

デーン”も、もう眠ったのだろうか。


 あっ!そうそう、ここの娘の名前は”デーン”と言います。


 蚊が多い。


 日本から持ってきた、蚊取り線香を取り出すと、火をつけた。


 効果抜群だ。



  静かな、静かな夜だ。


 今何時だろう。


 チェンマイの街が寝静まろうとしているのは間違いないようだ。


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